2009.01.31

若すぎる師範

 ある武道の流派で師範をしている人と会った。
 実はその師範氏とは、最初武道とはまったく関係ない、仕事関係のことで知り合った。今までもずっと仕事がらみの話ばかりしてきた相手だった。しかし先日ふと雑談中に武道をやっているという話になり、「ああ、あなたもそういう人だったんですか」と笑い合った次第である。
 ただこれは正直に言っておきたいのだが、私はその人の「師範」という肩書きには少々疑問を感じた。その人自身については実に好漢だと思っている。武道歴の話を聞いても、それなりの腕はあると思う。しかし若すぎるのだ。まだ20代半ばで師範というのはどうなのか。
 実際、その師範氏の言動にはよくも悪くも「若者」的なものが多い。自分のことを棚にあげる失礼をあえてしながら言うけれども、精神面ではまだまだ学ぶ余地が多いのではないかという感想を持っている。
 人それぞれの意見はあろうけれども、人にものを教えるというのは、ただ知識・技術を伝達すればいいというのではない。師とは弟子の全人格に責任を持つ立場なのである。だから師たるべき人は、人生に対して何か一家言持っているくらいでないと困るし、人生の酸いも甘いも分かっているべきだと思う。若くしてそうした境地に達している人というのは、いないとは言わないが非常に少ないのが実際だろう。だから私は「若すぎる指導者」というものにはある程度の偏見がある。
 その師範氏も、本当にきちんとやっていけているのか。そしてまた今後やっていけるのか。なまじ好漢だと思うだけに、口には出せないが何だかとても心配になってきた。
 ただそんな若者に師範の資格を与える流派も流派だ。実は私はその師範氏が所属している流派の「若すぎる師範」をもう1人知っている。この人も武道とは関係ないところであった人だったが、まだ30がらみだった。その時にはただ「すごいですね」と驚いただけだったのだが、こういう風に「第2の存在」に会ってしまうと、何だか変に資格をばら撒いているような印象も持ってしまう。自分の中のイメージに胡散臭いものも募ってくる。
 まあ私はそこの門人でもないし、内情も知らずに勝手な批判はいけないとも感ずるので、その流派名は出さない。ただその流派、看板では数百年の伝統を謳う名流である。ならばこそ、簡単に若者へ称号を与えるべきではないと私は思ってしまうのだが。

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2009.01.20

1,000万部が嘘をつく

 本日付の読売新聞「編集手帳」を読んでたまげる。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20090119-OYT1T01042.htm

 今日のテーマはアメリカの新大統領となるオバマ氏が、リンカーンにならった行動をいろいろとっていることについて。


そのズボンは皺(しわ)だらけで折り目がない。体を動かし、額に汗して働く人の象徴という。米国ワシントンにある第16代大統領エイブラハム・リンカーンの座像である。[...](※真詮注・オバマ氏の)リンカーンずくめには、金融錬金術とは無縁の「折り目のないズボン」(勤勉に働く人々)が報われる社会に回帰する志もこめられているだろう。

 なんてことを執筆子はいけしゃあしゃあと書くのだが、まさか天下の読売新聞が、19世紀末になるまでズボンに折り目をつける習慣が社会に存在していなかったことを知らないわけではあるまい。参考として、南北戦争中の南軍司令官、リー将軍の写真を提示しておく。

http://www.sonofthesouth.net/civil-war-pictures/photography/robert-e-lee-son.jpg

 こういうちょっと酔ったような文章を書いてみたくなったがゆえに、1,000万部の紙面を使って世間に嘘をばら撒く姿勢は容認されていいものなのか。
 真実にも世間の声にも耳を傾けず、ただ自分の言いたいことだけを駄々っ子のようにばら撒くツールとしてしか「読売新聞」を見ていない、あのナベツネという腐った老人の精神は、この新聞の隅々まで染み渡っていることが知れるのである。

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2009.01.13

権利を知らぬ権利者

 出勤して休み中の新聞を眺めていたら、日曜付の毎日新聞で三田誠広という阿呆な人が(作家だそうだが)、「著作権保護期間延長の可否」というお題でとてつもなく阿呆なことを言っている。
 三田氏は日本の著作権保護期間を、欧米並みの著作者の死後70年にせよと主張している(日本の現行法では50年)。三田氏はその根拠を

平均寿命が延びた今、50年だと著作者の子はもちろん、配偶者の生存中に著作権が切れるケースがある。過度に暴力的なものに脚色されるなどしたら、親族は傷つく。

ということに求めるが、この人は「著作権問題を考える創作者団体協議会」の議長だと名乗りながら、頭がおかしいのではなかろうか。
 著作物の「暴力的な脚色」に抵触するのは「著作人格権」といって、これは著作者や権利を引き継いだ遺族などがほぼ半永久的に行使できる権利である。何十年たったから消えるというものではない。50年で切れるのは「著作財産権」と言って、また別の権利である(一般に「著作権」というとこの財産権をさす場合が多い)。
 こういう基本的なことも知らない「三田議長」は本物の阿呆なのか。それともそれと分かっていてあえてこういう扇動的なことを言うイデオローグなのか。どちらにしてもろくなものではないので、周囲はこの人を今後メディアなどに出さないほうがいい。仲間にまで恥をかかせ、著作権法に対する世間の健全な順法意識に傷をつける存在だと思う。

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2009.01.12

木田がまだ現役だった!

 ヤクルト球団の木田優夫投手が新年の激励会で結婚宣言をしたというニュースだが…

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090112-00000030-nks-base

そもそも木田がまだ現役だったことにびっくり。
 私はわが心の福岡ダイエーホークスを愛する(ソフトバンクは愛していない)パリーグファンなので、セリーグの事情はまったく知らないのだが、にしても木田はもう相当な歳だろう。そしてオリックスに在籍していた当時の木田の記憶をたどっても、こんな歳になるまで野球をやるような逸材との認識は悪いがちょっとない。
 高校生だったころ、オールスター初戦でセリーグにぼろ負けしたわがパリーグ軍の起死回生策を友人と話し合っていたことがある。私は大胆な作戦を提示した。
 「こうなれば初回から、全チームのストッパーを1~2イニングずつくらいで投入していくのだ。ペドラザ先生(ダイエー)やウォーレン(ロッテ)、大塚(近鉄)などを立て続けに投げさせれば、セリーグだってそうは打てまい」
 しかし興奮気味にそう語る私に、某後輩がおそるおそる疑問を投げた。
 「先輩、しかし木田(オリックス)で打ち込まれるんじゃないですか?」
 はっきり言うが木田とはそんな程度の選手だったのだ。
 しかし、ペドラザ先生もウォーレン閣下(われらが不倶戴天の敵・西武に中指を立てた功績は顕彰されてしかるべきである)も大塚も球界の表舞台から去ったこの今になっても、木田はしっかり生き残っている。
 「細く長く」というのはあるのだなあと、彼のややおどけた「結婚宣言」に触れて思った次第である。

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2009.01.11

スティーブン・ソダーバーグ「チェ 28歳の革命」

 ゲバラの伝記映画「チェ 28歳の革命」を見てきた。

(公式サイト)
http://che.gyao.jp/

 静かな映画だった。つまらない映画ではなかったが、もっと熱く激しい「革命戦争映画」と思って見に行っただけに、拍子抜けしたところは確実にあった。
 ゲバラやカストロ兄弟自身は、熱き血潮をたぎらせる革命戦士として描かれている。しかしソダーバーグ監督は決してその「熱狂」に乗った画づくりをしない。すべてが淡々としていた。戦闘シーンも演説シーンも、すべてによくも悪くも「熱」がなかった。
 特に革命なった後、ニューヨークの国連本部に乗り込むシーンでその静かさ、クールさが際立つ。BGMさえほとんどつけられず、熱い演説をぶつゲバラの姿も、あまり見るものを煽るようなアングルでは撮られない。そして何より、ニューヨークでのシーンはすべてモノクロで撮影されている。
 繰り返すが、この映画は決してつまらない映画ではない。社会主義やゲバラの人生などに興味がある人間には、さまざまな感動や教訓を与えてくれる物語だと思う。しかし革命というものを描きながら、熱狂の色は不意義なくらいに抑えられている。ニューヨークにおけるあの「枯淡」とさえ言える画づくりは一体何を意図してのものなのか。
 正直、1回見たくらいでは分かる映画ではない。心に残る映画ではあったが、今日の1回だけで消化できる映画ではなかった。
 あと時代背景などへの説明はほとんどないので、ゲバラのことをあまり知らない人が見に行く場合はそれなりの勉強をしていってからにしたほうがいいと思う。

*追記
  個人的な趣味の話だが、メキシコにおけるゲリラ戦訓練のシーンがまったくなかったのは残念。スペイン内乱の生き残り、アルベルト・バーヨや、ゲバラに格闘技を指南したルチャ・ドール(プロレスラー)、アルサシオ・バネーガスなどの雄姿をぜひ見てみたかったのだが…。

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2009.01.10

角界のドーピング

 明日から大相撲初場所が始まる。
 一番の注目はこの場所に進退をかける横綱・朝青龍。しかし新大関・日馬富士にも期待大だ。まだ番付が下のころから、私は彼のファンだった。
 ところで日馬富士と言えばあのニキビ顔だ。相撲を知らない人とテレビを見ていて「何でこの人はこんなに顔が汚いの?」と聞かれたこともたびたびあった。
 個々人の体質の問題もあるし、あまり勝手なこともいえないのだが、ひょっとしたらステロイド(筋肉増強剤)の影響かもしれないと考えてしまうこともある。ステロイドの使用は肌荒れを引き起こすというのは、よく知られていることと思う。
 日馬富士が自らの小さい体格を非常に気にしていることは有名な話。そして大相撲にはドーピング検査がないのもまた有名な話だ。そしてファンとして思うのだが、彼の肌は最近、番付下位だったころより一層荒れてきているような気がしている。あまり勝手なことを言うと誹謗中傷になりかねないのでもう慎むが。
 そういえば旧友のご兄弟に、とても熱狂的な相撲ファンがいた。どのように熱狂的かというと、この御仁、相撲協会に対する一切の批判を許さず「土俵の外にはチリひとつ落ちていない」と真顔で語るいまどき珍しいタイプの相撲ファンなのだ。
 あるとき氏は言われた。「神聖なる力士がドーピングなどしているはずがない」と。ではドーピング検査の導入に異議はないのですねと人が問うと、氏はまたも真顔でこう返したという。「検査をすること自体が相撲協会の信用に関わるので断固反対だ」と。
 伝え聞き、一種の笑い話として場が沸いたものである。

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2009.01.03

武藤章「比島から巣鴨へ」(中公文庫)

 年末に買った、陸軍中将・武藤章の回顧録を非常に面白く読んでいる。

「比島から巣鴨へ」
http://www.chuko.co.jp/new/2008/12/205100.html

 武藤は昭和ファシズムを現出させた陸軍統制派の重鎮とされ、戦後A級戦犯になって処刑された人物。そういう歴史の重要人物の生の声を収めた本として資料性も高い良書だが、私がこの本で評価するのは、そういう本筋とは少し外れたところにある。何かというと、この武藤という人、実にいい文章を書く名文家なのだ。
 簡潔すぎるとさえ思える、単純明快な短い文章。専門用語をほとんど使わない分かりやすさ。論旨の一貫性などなど、物書き志望者などは昭和史への興味がなくとも「文章のお手本」として読んでおいたほうがいいと思える1冊とまで思う。
 武藤という人は要するに軍の事務官僚だった人。そして私は非常に簡潔かつ明快に書かれたこの本の文章を読んで「なるほど、これは能吏だったろう」とうならされた。「難渋な文章を書く人」の代名詞のようになっている現代の役人は、少し武藤の爪の垢を煎じて飲んだほうがいい。
 本の内容は、陸軍統制派の立場を露骨に正当化して擁護するもので、歴史に詳しい人ならば多くの突っ込みも入れられるだろう。しかし前述の通り、論旨の一貫性や隙のなさは見事なものだ。そして武藤はこの本を、何の資料も見ずに拘置所内で書いた。これには正直うならされる。
 武藤が悪人だったのかどうかの感想はあえてここでは書かない。しかし彼がこの上ない秀才(≠天才)であり、能吏であったということだけは嫌でも伝わってくる一冊だ。そしてそういう能吏が、ほとんど自滅と言っていい形での日本の敗戦を招いた。今に生きるわれわれがそこに何を見出すのか。そういう課題を突きつけてくる本だといえよう。

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2009.01.02

年始にゲバラ

P1010559
 「テレビを見ながら、音楽を聴きながらの勉強は集中力を欠き、意味をなさない」
 そんなことを中学・高校時代、教師連中から散々言われたものだった。
 しかし私はその時代、勉強など全然しない不良だった。だからその言葉が真実かどうかを確かめる術もなく今に至ってしまっている。
 しかし今日思い知った。やはり集中力を要する作業に音楽などは害をなす。
 添付の画像を見てほしい。ラテン・アメリカの革命・労働歌のCDなど聴きながら書き初めをしていたため、ほかの字を書くつもりがつい手がつられて「ゲバラ」などとしたためてしまった。
 まぁ今年はゲバラの映画も公開されることだし、ゲバラ・ブームも来る年になるかもしれないのだが、書き初めにちょっとこれはないだろうと反省しきり。
 そして新年からこれでは、今年も集中力を欠いたろくでもない年になるのだろうなと、今から沈んでいるところ。
 ともかく本年もよろしくお願いします。

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2008.12.31

今年のCDベスト3

 本来こういう文章では「ベスト10」を挙げるべきなのだろうが、当方の趣味に引っかかるようなCDは年に10枚も発売されないため、苦肉の策でござります。
 さて、その3枚をざっと挙げると以下の通り。

1.岡大介・小林寛明「かんからそんぐ」(オフノート)
http://okataisuke.com/sitemap.aspx

2.「にほんのうた 第二集」(エイベックス・マーケティング)
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=1828136&GOODS_SORT_CD=101

3.藍川由美「ほんとうの唱歌史」
http://www.camerata.co.jp/J/cd/cmcd28_100/28143.html

 1.は、なぜか添田唖蝉坊関連のものがいろいろ出た今年にあって、その中心に置くべき傑作。特に歌い手である岡氏の若々しい歌声がいい。なんでもまだ20代とのこと。今後の活躍に期待大。
 2.は昨年に出た「第一集」の続編。今回もさまざまなポップミュージシャンたちが、本来歌うはずのない唱歌・童謡を高らかに歌い上げている。一集にあった三波春夫「赤とんぼ」や中谷美紀「ちいさい秋見つけた」ほどにインパクトのある曲はなく、ややパワーダウンの感は否めないが、そこに独り気を吐く遠藤賢司「黄金虫」は立派。ぜひ第三集も制作してほしい。
 3.は藍川女史の日本近代音楽史探求の一つの区切りとして出された軍歌集。「抜刀隊」の全曲収録をしていただいただけでも感謝。今後は近代音楽史より、歌い方指導などに活動の重点を移していくそうなので、これ以上のものを期待するのは難しそうだが、それでも女史はこの分野に大変な仕事を残していってくれた人と思う。お疲れ様といいたい。

 以上の3枚以外にも、

「自国語歌唱による世界の国歌」(キングレコード)
http://music.goo.ne.jp/cd/CDDORID762630-1/index.html

といった良質な企画盤や、オーソドックスな男声合唱で手堅く軍歌をまとめた、

「日本軍歌ベスト」(ポニーキャニオン)
http://hp.ponycanyon.co.jp/pchp/cgi-bin/PCHPM.pl?TRGID=PCHP_SKH_1010&CMD=DSP&DSP_SKHBNG=200800001429&DSP_SKHKETSEQ=001

なる、今後の「軍歌入門盤」のスタンダードになるのではないかと思われるできのいいCDが比較的多く発売された1年だったと思う。だからこそ年の終わりにあたってこんな文章を書いてみようかという気にもなった。来年以降も、この種の音楽に幸多からんことをと祈りたい。
 ただ心配な部分もある。その最大のものは、何と言ってもNAXOSの

「日本作曲家選輯」
http://www.naxos.co.jp/onsale_japaneseseries.html

の発売ペースがものすごく遅くなっていることだ。また日本の近代音楽を積極的に演奏してきてくれた

オーケストラニッポニカ
http://www.nipponica.jp/

も芥川也寸志のみに傾倒していくようなスケジュールを発表している。
 来年のことを言えば鬼が笑うのであろうけれど、来年もどうか面白い1年になりますように。

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2008.12.30

想定外の山登り

P1010533
 仕事の用事で鎌倉に来ることが多い1年だった。しかしあくまで仕事であり、遊びでではない。音に聞く観光地などを横目に見ながら、社畜としてただ黙々と経済活動に打ち込んでいたわけである。
 しかしそれで終わればあまりに寂しい1年だ。そこで年末休みの1日を利用して、本日観光目的で鎌倉に行ってきた。
 が、この鎌倉行、結果としては難行苦行以外の何物でもなく終わってしまった。もう過ぎたことであり、その発端についてはあれこれ言わない。ただブラリと遊びに行ったつもりが、まったく想定外の登山をさせられてしまったのである。
 掲載した写真を見てほしい。まったく何の準備もしていない軽装の当方が、山道で苦しんでいる。建長寺の奥にある、半僧坊大権現の裏手から伸びるちょっとした自然道。しかしそこは大平山という山の登山道につながる地獄の入り口だったのだ。
 気づいたときにはもう遅い。道で出会う人は全員トレッキングシューズを履いたバリバリの登山人である。トレイルラン(山岳マラソン)を行う超本格的な人もいる。私のような町歩きの格好をした人などどこにもいない。
 2時間ほど山野をさまよい、ぐったりして里に戻った。気づけば鶴岡八幡宮のそば。おしゃれな土産物屋街を、カップルなどがいちゃついて歩いていく。
 当方も本当は鎌倉大仏を見たり、稲村ヶ崎に新田義貞公の偉業を追慕したりしたかったのだが、本当に最後の最後までしなくてもいい苦労をし、惨めになるばかりの1年だった。
 せめて建長寺さんには、半僧坊大権現に「この先危険」とか「登山道です。きちんとした装備で臨みましょう」とかいう看板を出しておくべきではないかと提案したい。

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