若すぎる師範
ある武道の流派で師範をしている人と会った。
実はその師範氏とは、最初武道とはまったく関係ない、仕事関係のことで知り合った。今までもずっと仕事がらみの話ばかりしてきた相手だった。しかし先日ふと雑談中に武道をやっているという話になり、「ああ、あなたもそういう人だったんですか」と笑い合った次第である。
ただこれは正直に言っておきたいのだが、私はその人の「師範」という肩書きには少々疑問を感じた。その人自身については実に好漢だと思っている。武道歴の話を聞いても、それなりの腕はあると思う。しかし若すぎるのだ。まだ20代半ばで師範というのはどうなのか。
実際、その師範氏の言動にはよくも悪くも「若者」的なものが多い。自分のことを棚にあげる失礼をあえてしながら言うけれども、精神面ではまだまだ学ぶ余地が多いのではないかという感想を持っている。
人それぞれの意見はあろうけれども、人にものを教えるというのは、ただ知識・技術を伝達すればいいというのではない。師とは弟子の全人格に責任を持つ立場なのである。だから師たるべき人は、人生に対して何か一家言持っているくらいでないと困るし、人生の酸いも甘いも分かっているべきだと思う。若くしてそうした境地に達している人というのは、いないとは言わないが非常に少ないのが実際だろう。だから私は「若すぎる指導者」というものにはある程度の偏見がある。
その師範氏も、本当にきちんとやっていけているのか。そしてまた今後やっていけるのか。なまじ好漢だと思うだけに、口には出せないが何だかとても心配になってきた。
ただそんな若者に師範の資格を与える流派も流派だ。実は私はその師範氏が所属している流派の「若すぎる師範」をもう1人知っている。この人も武道とは関係ないところであった人だったが、まだ30がらみだった。その時にはただ「すごいですね」と驚いただけだったのだが、こういう風に「第2の存在」に会ってしまうと、何だか変に資格をばら撒いているような印象も持ってしまう。自分の中のイメージに胡散臭いものも募ってくる。
まあ私はそこの門人でもないし、内情も知らずに勝手な批判はいけないとも感ずるので、その流派名は出さない。ただその流派、看板では数百年の伝統を謳う名流である。ならばこそ、簡単に若者へ称号を与えるべきではないと私は思ってしまうのだが。
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